虹とものブログ

カトリックとLGBTIQの交差点  虹色のともしび mariaLGBTQ@gmail.com

1月の分かち合いの会のお知らせ

1月13日日曜日午後2時から

都内にて神父さまとともに

LGBTQ 当事者のための分かち合いの会があります。カトリックでなくても誰でも大丈夫です。

ご興味があれば、メッセージをお寄せください。

(500円からの献金をお願いいたします)

なお、2月の会は17日日曜日午後4時からです。

私たちはイエスの娘


「さて、ここに十二年間も出血の止まらない女がいた。 多くの医者にかかって、ひどく苦しめられ、全財産を使い果たしても何の役にも立たず、ますます悪くなるだけであった。 イエスのことを聞いて、群衆の中に紛れ込み、後ろからイエスの服に触れた。 「この方の服にでも触れればいやしていただける」と思ったからである。 すると、すぐ出血が全く止まって病気がいやされたことを体に感じた。 イエスは、自分の内から力が出て行ったことに気づいて、群衆の中で振り返り、「わたしの服に触れたのはだれか」と言われた。 そこで、弟子たちは言った。「群衆があなたに押し迫っているのがお分かりでしょう。それなのに、『だれがわたしに触れたのか』とおっしゃるのですか。」 しかし、イエスは、触れた者を見つけようと、辺りを見回しておられた。 女は自分の身に起こったことを知って恐ろしくなり、震えながら進み出てひれ伏し、すべてをありのまま話した。 イエスは言われた。「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい。もうその病気にかからず、元気に暮らしなさい。」」

‭‭マルコによる福音書‬ ‭5:25-34‬ ‭新共同訳‬‬

http://bible.com/1819/mrk.5.25-34.新共同訳


血が止まらない病気のため、この女性は穢れた者として、少なくとも12年間は礼拝堂に入れなかったはずです。そして、自分を卑しい穢れた者として恥ずかしく思ってたので、声を出すことも出来ず、こっそりと群衆に紛れて、恐る恐るそっと服の裾を触れてみたのでしょう。

しかしイエスは気づき、立ち止まり、「娘」と呼びかけ、癒します。


聖書の中でイエスに「娘」と親しげに言われたのはこの女性だけです。


しかし、これがパリサイ派(律法主義)の怒りを激しく買い、命を狙われるキッカケになったと言われています。


ところで、あの、すみません、パパ様。

同性愛は流行りではありません。


むしろ流行りで誰もが気軽になれて、気軽に治せるのなら、誰も悩まないでしょう。

セクシュアル・マイノリティの自殺や精神疾患の多さをどうお考えなんでしょうか。と言いたくなります。 


私が、昔、神父に聖体拝領を拒まれた時。

シスターに「なんとか努力で治せませんか?」と言われた時。

そういう事を言われるのは何度も頭の中で予想してたし、

そうよね、当然よね、当たり前の反応だよねとその時は思いました。


それでも。

自分でも驚くほど負の感情の渦に飲み込まれてしまいました。

まるで「息をするな」「生きるな」「消えろ」

と言われたような気持ちがしました。

そんな訳はないのだけど、

自分でも、予想してたのに

何故これほど傷つくのかと驚きながら

負の感情の泥沼の中で必死にもがいてた記憶があります。

死ななかったのは、その出来事を話せる友だちがいた事。

なにもできなくても、聞いてくれる人がいることで救われました。

いなかったら、たぶんパニックで死んでたかも知れない。

それほどのダメージでした。



これをもし、コミュニティに出会えてない、自分のセクシュアリティを不安に思っている10代の子が同じ目にあったら。

それ以上に、これまで世界中でどれだけの人々が、これほどの苦痛を味わっていたのか。


安心して集える場所が欲しい、

神父さんやシスターとともに。

安心して仲間と聖書を分かち合いたい。

そのような思いで

「虹色のともしび」を続けています。


だって、

誰がなんと言おうと、

私たちは

「イエスの娘」ですから!



【12月2日 AFP】ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王(Pope Francis)が同性愛を「深刻な問題」と捉えて憂慮していることが、イタリアで1日に出版されたフランシスコ法王のインタビュー本「The Strength of a Vocation(召命の力)」で明らかにされた。同書の中で法王は、同性愛という「流行」に聖職者が影響されていると懸念している。

 フランシスコ法王は、聖職候補生らに言及した項で「同性愛は非常に深刻な問題であり、候補者たちについては最初から適切に見極めておく必要がある」と忠告。「私たちの社会では、同性愛が最新の流行であるかのようにみえる。そうした精神は、何らかの形で教会の生活にも影響を及ぼす」と懸念を示した。

 ローマ・カトリック教会は同性愛を罪深い行為とする立場をとっている。カトリック教会は2005年に初めて、同性愛傾向がみられる人々が聖職に就くことを規定で禁止。16年に出された聖職者育成に関する教令では禁欲義務が強調され、同性愛者に加え「同性愛文化」を支持する者についても聖職に就くことが禁じられた。

 一方、フランシスコ法王は2013年の法王就任から数か月後、「同性愛者が善良な心で神を求めているなら、私に彼を裁くことができるだろうか」と述べ、同性愛に寛容な姿勢を見せていた。

 しかし、インタビュー本の中で法王は「同性愛の傾向は当初は見られなくても、後になって現れる」と憂慮し、「聖職者や使徒的生活者の場は、同性愛者の居場所ではない」と断定。「二重生活を送るより、聖職の場を去るほうが彼らのためでもある」と語っている。

 フランシスコ法王のインタビュー本は10か国語に翻訳される予定。(c)AFP



お久しぶりです。つばさです。

私の勝手な理由で虹ともを一度辞めてしまっていましたが、戻ることにしました。

迷惑をかけた皆様本当にごめんなさい。

 

12月の修道院での分かち合いにも出る予定です。

 

またTwitterで虹とものわたしのアカウント作りました。

Twitterで虹とも@つばさで検索して頂けると出てくると思います。

どうぞこれからもよろしくお願いします。

12月の分かち合いの会のお知らせ

✨12月の分かち合いの会のお知らせ✨

12月9日日曜日

関東近郊の修道院でシスターと分かち合いの会をいたします。

都内の駅で待ち合わせ。車で乗り合わせて移動。

お弁当付き。お弁当は1000円くらいで、交通費は割り勘です。

とても朗らかなシスターと自然豊かな修道院で、聖書の分かち合いをしませんか?

カトリックでなくてもかまいません。

ご興味のある方は、メッセージにてお寄せください。

お祈りをお願いいたします

悲しいお知らせをしなければなりません。

虹色のともしび 分かち合いの会を担当してくださっていた神父さまが、休暇中のスペインで帰天されました。


とてもユニークで親しみのある神父さまでした。分かち合いの会を持ちたいと相談した時も、ふたつ返事で引き受けてくださいました。

分かち合いの会で、ついみんなの話がそれてしまい、ぶつけ合いの会になってしまっても(汗)、根気強く寄り添ってくださいました。

誰に対してもにこやかでした。

いつも冗談でみなさんを笑わせてくれました。

人間の心の深さ、暖かさ、ということを実感させてくれる人でした。

まだ、わたし自身信じられないような気持ちです。

どうか、みなさま、お祈りをお願いいたします。

つけらっと。

こんにちは。


「つけらっと」とは、

津軽弁

飄々と、何食わぬ顔で、

とか素知らぬふりでとか、

心に何かあるんだけど

顔に出さずにさらっとすましてしまう、

みたいなそんな感じの言葉です。


カムアウトも回数重ねると

つけらっとできるようになるものねー。


まー、ちょっとは緊張したけども。

向こうは3秒固まってたけども。


来年の卒業研究の相談のために

大学の先生にカムアウトしたのでした。

おかげで本当に

色々と貴重なアドバイスをいただきました。


卒業研究そのものは

つけらっとできないだろうな。

今から気が重いです💦


あんまり親しくない人には

簡単にできるけど

長い付き合いある人には

今さら言いづらかったりするね。


カムアウトって、やっぱり むずかしーね。


By ちい